渡邉 安虎 Yasutora WATANABE

東京大学 大学院経済学研究科 及び 公共政策大学院 教授
東京大学エコノミックコンサルティング株式会社取締役

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どうぞよろしくお願いいたします。

 

研究計画の概要

本研究では、(A)経済学で主に考慮されるゲーム理論的な意思決定状況での相手プレーヤーの行動への情動的反応の影響とその脳内のメカニズム、及び(B)マーケティング分野で主に考慮される意思決定への介入に対する情動的反応の影響とその脳内のメカニズムを解明し、これらが意思決定に与える影響を分析する。

従来研究では意思決定時のfMRI計測により神経科学者が経済学上の抽象概念と対応する神経活動を探索するものが大半であったが、本研究では領域代表者でもある機能的MRIの専門家と連携し、経済学者が脳活動を変数として取り込んだ経済学的構造モデルを構築・推定する。

推定したモデルを用い、神経基盤における情動的反応を操作した場合についての反実仮想分析を行い、情動が意思決定に及ぼす影響を計量経済学的に分析する。また、本研究においては2個体同時計測が可能なfMRIを利用するため、動学ゲームにおける情動的影響の被験者同士の相互影響についても観察可能となる。

本研究の学術的背景、研究課題の核心をなす学術的「問い」

行動経済学の進展により、従来の経済学が想定していた「合理的」な行動から人間の行動が再現性のあるパターンで逸脱することが明らかになった(Bernheim et al, 2018, Handbookof Behav. Econ.)。しかしながら、そのような逸脱が情動的反応の影響を受ける場合、脳内での如何なるメカニズムにより逸脱が起きるかは知られていない。

本研究ではこの脳内の情動的反応により、どのようなメカニズムにより経済主体の意思決定が「合理的」な意思決定から乖離するかを明らかにしたい。

中でも特に、(A) 経済学で主に考慮されるゲーム理論的な意思決定状況(例えばオークションや繰返しゲーム)での相手プレーヤーの行動への情動的反応の影響とその脳内のメカニズム、及び(B) マーケティング分野で主に考慮される意思決定への介入(例えば商品レコメンデーション)につき、介入に対する情動的反応の影響とその脳内のメカニズムの2点について研究を行う。

これにより、オークション等の戦略的状況下での最適制度設計や、商品レコメンデーションなどのマーケティング介入の有効性を改善することが可能となる。

    (A) に関する戦略的な意思決定状況とは、他人の行動が自らの利得に影響を与える状況であり、経済的な意思決定を行う際多くの場合は単独での意思決定ではなく戦略的意思決定の状況にある。そして、経済的な意思決定の多くが戦略的な意思決定状況であるがゆえに、他プレーヤーの行動に対して情動的反応が起こりやすく、そのことが経済合理的な意思決定からの乖離を生んでいる可能性が高い。

例えば、競り上げオークションで競り合いとなった場合に、合理的な額を上回って競り勝とうとするといった行動である。この場合、「合理的」な行動と実際の行動の乖離が従来より知られている(Charness and Levin, 2009, AEJ Microeconomics)。また繰り返しゲームにおいても理論予測以上に報復的な行動が起こることが知られている(Kayaba et al, 2019, Games and Econ.c Behav.)。しかしながら、そのような乖離が、脳内でどのような情動的反応のメカニズムが働くことで生じているかは明らかにされておらず、これを本研究では明らかにしたい。

    (B) については、戦略的意思決定ではなく単独での経済的な意思決定において、注意欠落(Inattention)や先延ばし(procrastination)といった行動に対する介入が行動経済学だけでなくマーケティングの分野においても重要視されている。例えば、マーケティングにおいて商品購入の際に特定商品の「おすすめ」を行うという介入をした場合、おすすめした商品だけでなくおすすめしていない商品の購買確率も上昇することが知られている(Kawaguchi et al, 2019, Marketing Science)。

これは注意(attention)のスピルオーバーが起きていると解釈されているが、その実際のメカニズムは不明である。本研究では注意欠落や先延ばしといった行動への政策的介入・マーケティング的介入を行う際に、介入がどのような情動的反応を引き起こし、その情動的反応が意思決定や商品の価値にどのような脳内のメカニズムを通して影響を与え、その結果として介入の有効性に如何なる影響を及ぼすのかについて明らかにしたい。

また、経済学及びマーケティングにおいては、介入の効果に性差があることが知られており、最終的な行動の性差が脳内のメカニズムのどのような違いに依存しているかについても明らかにしたい。